東京へ移動して"怒涛の成長"を遂げました(前編)

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2025.1.16

MAEDA

こんにちは!今日も最高の1日を過ごしている前田です。

2023年11月に福岡から引っ越してきて、東京に住んで1年以上が経過しました。

福岡は、少し都会で少し田舎、とても住み良く、空港も近くにあり、何よりもご飯がものすごく美味しくて物価も安い場所です。

思えば、

山下「福岡オフィスなくても良くない?」
前田「確かにそうですね。」
前田「じゃあ、福岡にいなくてもいいですね。」
山下「おお、じゃあ引っ越ししてみる?」

から始まった東京へのお引越し計画。

元々コロナの影響で出社する方が少なくなっていましたし、毎日出社していた以下の2人が福岡から離れることになった事も大きい理由です。

1人目のたけくん(t-tomo)は、関西弁が恋しくなり、結婚のため大阪オフィスに帰っていきました。(それなのに今も彼女がいません)

大阪に元気付けに行くとバーテンダーになっていました。

2人目の向坂くんは、フィリピン支社の立ち上げのためにマニラへ行ってしまいました。

駿太さんをフィリピンに持って行こうとしている様子

オフィスは、人がいないのに借りても勿体無いです。お仕事をご一緒させていただいている企業様が大阪、東京に集中しているということもありました。そのような理由で、福岡を撤退することになったということです。

撤退前に最後の旅行をする福岡オフィス一同

福岡でフルリモートワークという選択肢もありました。ですが、私の大いなる直感が「東京へ行った方が良いんじゃないか」と言ってくるのです。

物心ついた時から一度も福岡を出たことがない。新しい事をしたい。迷ったら多少の困難があろうと成長しそうな方を選びたい。でも、妻を説得しないといけない。娘と息子の保育園はどうしよう。友人に会えなくなる。住み心地の良い場所を離れたくない。物価が爆上がりしている。豚骨ラーメン、うどん、焼き餃子、絶品な海鮮も食べれなくなる。

そんなことを無限に考えておりましたが、直感がすでに決めているならそれに従うほかありません。

すでに決めている顔

妻が決断した理由

引っ越す前のコロナ真っ只中の私は、何やら心が折れてしまっておりました。
仕事の忙しさ、家族との考えの不一致、志の無さ、虚無感、生活習慣の乱れ、夜10:00まで仕事をして、夜中の2:00までお酒を飲んで、8:59に起きて、ギリギリで9:00の朝会に出る。
楽しんで仕事はできておりましたが、それ以上に何か自分を成長させようという気持ちが薄れておりました。

そんな中、オフィスの撤退が決まりました。

福岡でリモートワークを続けるか、転勤するかという選択です。

冒頭でも述べたように私自身は引越し一択でしたが、実家まで徒歩5分で通えていた妻からすれば、5歳の娘と1歳の息子を連れての移住は、大きなハードルです。

そこに心が折れてボロボロな私が「一緒に行こう!」と言っても全く説得力がなく不安がより一層強くなるだけです。

そんな私ですが、新しい場所や人に会う自分の姿を考えると自然と成長への意欲や渇望のようなものが湧いてきたのか、日々のパフォーマンスを上げたいと思うようになりました。朝5:30には、起きるようになり、ルーティーンを決め、みんなが働き出す2時間前には、仕事に取り掛かるようになりました。

当初、引越し先は、東京だけでなく大阪も候補に上がっており、大阪が本社なので、選んでも良いことになっておりました。

私「東京と大阪どっちなら良い?」
妻「大阪なら良いよ。福岡まで車で8時間で行けるし。

と常軌を逸した理由ですが、この段階で引越しの承諾はもらえていました。

それでも私の直感は、東京が良かったのです。

そのように直感が冴え渡っている時は、自分を引き上げてくれるものにアンテナが立っているものです。
ある言葉が心に響いた瞬間がありました。

あなたは、1日で1人でも喜ばせることができていますか?

本で読んだのかSNSで見たのか覚えていませんが、この言葉がすごく胸に残り「1日1人でも喜ばせよう」と心に誓いました。

誰を一番直ぐに喜ばせられるかを考えた時に浮かんだのが、おばあちゃんでした。それから毎日「おはよう!」というだけの録音を送るようになりました。

続けているうちに、録音では足りなくなり動画になりました。

「おはよう」ともっと嬉しくなるような言葉を話そうと思って「今日も最高の一日!」と付け加えました。

最後には、その日に勉強になった事も話すようになりました。
この事を話すと友人や家族、同僚からも送って欲しいと言われて送るようになりました。

何故このタイミングだったのかわかりませんが、東京に行くにはどうしたら良いのか無意識に探していたおかげで好転していったんだと思います。

ただ不思議なことに、東京でも大阪でもどっちでも良いかな〜と思ったタイミングで妻からラインが届きました。

東京行きが決定した瞬間

なんとも力強い一言でした。これまでの妻からのメッセージで一番嬉しかったと言っても過言ではありません!

山下さんへの報告に謎のラグがありますがその間に何があったのかはわかりません。

山下さんへの報告Slack

妻も引越してすぐは不安そうでしたが、家も整い、保育園も無事に決まり、生活にも慣れてきて今では、ふとした時に「今日も幸せ」と呟くくらい充実しているようです。本当によかったです。

新しい挑戦

やっと引越しが終わりました。
ここからがスタート!怒涛1年の始まりです。

東京生活をスタートした1週間後には、全社で研修と旅行があり大阪出張なので、4日間家を開けることになりました。流石の私でも少し申し訳ない気持ちになりましたが、行くからにはと、しっかり全力で満喫しました。

実は、この日の午前中に運動会もしました。

社員旅行もすごく楽しかったのですが、この度の社員研修で私の新しく挑戦するものが決まりました。

致知出版社の木鶏会です。


致知との出会い

この研修で初めて、社内木鶏会を試験的に実施することになりました。
『致知』という月刊誌を元に感想を共有し、仲間の意見を傾聴・理解・尊重することで、お互いに成長しようという時間です。

最初に実施した時に、凄く楽しい!と感じました。

初回から社内の評判も良く、丁度2回目を実施したところで、取締役の高瀬さんから

「外部の企業と木鶏会ができる会がある。その後の懇親会も外部の方々との交流があるから良い時間になると思うけど行く?」

とお誘いいただいて、即断即決で参加を決めました。

代表の山下さんからも

「東京は福岡に比べて人口も多いし、面白い方々とたくさんお会いできるよ」

という言葉をいただいたのを思い出し、どうせ参加するなら登壇された方全員と喋ろう!と会場に向かいました。

参加してみると、社内で行う木鶏会では聞けなかった意見や、社風や文化の違いを感じる感想などを聞くことができて、さらに素晴らしいお褒めの言葉までいただきました。

その後の懇親会では、空いているテーブルがなく、運営側の方々が座られるようなテーブルだけが唯一空いていました。「そこに座って良いものか?」と多少の葛藤はありましたが、続々と登壇された方々が着席されたので、これはラッキーと思い、みなさんとお話しさせていただきました。

後で聞くとやはりその席は、運営側の方々が座られるテーブルでしたが、結果オーライです!

この時に、遠慮せずに席に座るという決断をしていなければ、今から話すことは実現していなかったと思っています。

懇親会で色々な方とお話しする中、事務局長を務められる倉川さん、会長の遠藤さんにお会いして、その場で承諾いただき、東京都社内木鶏経営者会の一員として、参加させていただけることになりました。

暖かく歓迎していただきました!

それからは、東京都社内木鶏経営者会の一員として、社内木鶏合同体験会や致知出版社主催の社内木鶏全国大会の運営にも関わらせていただいてます。

東京都社内木鶏経営者会の皆様との集合写真

その中でも貴重な体験をさせていただいたのが、500人以上が参加した社内木鶏合同体験会での司会です。

この大役を任せていただく前に、私は2度の大きな失敗をしています。

1度目は、懇親会で紹介する方のお名前の漢字が読めず、沈黙してしまったのです。
私の体感では、30秒以上の沈黙が続いたと思います。恐怖です。
相談役を務められる室舘さんが優しい野次を飛ばしてくれなければ、一生をその沈黙の中で過ごしていたと思います。

2度目は、登壇する方の会社名を間違えるという失態を犯しました。
会が始まったばかりの序盤だったのですが、それ以降の記憶がありません。記憶はありませんが、なんとか最後までやり切りました。幸い皆さまお優しい方でお許しをいただき、その後の懇親会でも励ましの言葉をいただきました。

1度目の失敗の時もそうですが、懲りずに会長に「次は完璧にやります!もっとよくできます!」とお伝えしました。熱意と成長意欲が伝わったのか、3度目に500人規模の会の司会を任せていただけることになりました。

この時の司会のハードルは、前回、前々回とは、100倍以上でした。

司会台からの景色

そんな大役でしたが、たくさんの方々にご協力いただき、なんとか無事に終えることができました。

たくさんの方からの労いのお言葉をいただき、こんな私に大役を任せていただいた皆様に心から感謝しています。

「なぜ、3度目は満足できるものになったのか?」を考えたところ、会長の遠藤さんがおっしゃっている「前準備の大切さ」を1度目と2度目の失敗で経験できたことが要因だと思います。

3度目の準備は、アジェンダを元に司会の原稿を一から全て自分で書き上げ、お忙しい遠藤会長の移動時間で直々に全文のレビューしていただきました。

「前段取りに命をかけ、あとは淡々と終わらせる」

遠藤さんからお聞きした言葉ですが、これを実践したおかげだと私は思っています。

一年を振り返った忘年会

自由と責任

株式会社オークンでの働くこと上で大事にしている「主体性、裁量性」を最大限に活用させていただいてます。このおかげで他にも素敵な方々との出会いを数多く経験することが出来ました。

そんな私には、大いに自由を謳歌した責任が伴います。

弊社は、Webサービスを提供する会社ですので、私もシステムエンジニアとして、開発を進める必要があります。
こんなにも自由に動いているのにも関わらず、「開発が間に合いそうにありません。」など言えるはずがありません。

他の方より開発時間が少ない分、よりスピーディーに、確実に、それでも足りない時は、自分の時間でカバーします。
自身を追い込みながら開発が出来たことで、昨年に比べて開発効率が3倍くらいになったんじゃないかと自負しております。

ChatGPT様、いつもありがとうございます

ただし、効率だけでは、会社への最大限の貢献はできません。

この新しく挑戦したことで得られている経験値を基に、既存の考えに捉われず、フラットに、本質を求め、挑戦を忘ずに、常に本気で望んで参ります。

経営者会で学んだ、人間力や対人スキルも活かして今後も毎日精進していこうと思います。

まだまだ書きたいことが多すぎるのですが、記事が長くなってきたので、この辺りで前編として区切りたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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